四大文明の一つがエジプトから

アフリカ北部に位置する北アフリカと呼ばれる国々の一つエジプト。北アフリカは、よく言われる「サブサハラ」というサハラ砂漠以南の国以外と言い換えることもできるでしょう。世界史で一度は目にする古代エジプト文明発祥の地の同国について、歴史から経済までかいつまんでご紹介したいと思います。同国は、地中海を介してヨーロッパへ、紅海をはさんで中近東へ、という地形的には言わばアフリカの重要拠点であると共に、国土の90%がサハラ砂漠という自然環境の厳しい土地柄です。一方でナイル川という芳醇な恵みを受け昔から発展を続けてきた国でもあります。紀元前3000年頃の世界の4大文明の一つに数えられている「エジプト文明」は誰しも知るところでしょう。今でも観光資源となっているギザのピラミッドは紀元前2540年頃建造されたものと言われています。長期にわたり栄華をほしいままにしていた王朝は、紀元前525年アケメネス朝ペルシャに滅ぼされ、それ以降はマケドニア、ローマ帝国、オスマン(トルコ)帝国、イギリスと次々に支配が変わっていったとされています。実質的に独立国となったのが1953年で、当初は「エジプト共和国」という国名だったそうです。以後スエズ運河の国有化を強行に推し進め同国に莫大な通行料収入をもたらしたナセル政権。この強行策がきっかけでイスラエルやイギリス、フランス間でシナイ半島の領有権を巡るスエズ動乱へと発展していったと言われています。1970年サダト政権時代に現国名となり、イスラエルとの融和策も推し進められたようですが、1981年に起きた同大統領暗殺で、次期ムバラク大統領は前政権の外交方針は引き継ぎつつも独裁体制は堅持して2011年までの約30年間という長きにわたり政権を維持してきましたが、9月に予定されていた大統領選を待たずに同年2月国民の突き上げで辞任に追い込まれ、以降軍統治と民政が繰り返され現在に至っています。