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「アフリカの奇跡」で見せた底力

いわゆる「中部アフリカ」と呼ばれるアフリカ大陸中央に位置する10か国。豊かな地下資源に恵まれながら、他のアフリカ諸国同様クーデターや内戦という政情不安が続き、なかなか経済成長や政治安定化が図れないでいる国々が多く存在しています。一方で「アフリカの奇跡」と言われるルワンダのような劇的な復興を遂げた国もあり、各国ともいかに長期的な経済政策のもといかに着実にそれも実行していくか真価の問われる状況が続いています。先進各国もその潜在能力は認めつつ、なかなか支援の糸口を見つけられていないというのが現状と言っていいのかもしれません。そんな中、明るい兆しとも言える具体的な動きが少しずつ広がっています。1981年発足したECCAS(中部アフリカ諸国経済共同体)。南部アフリカのアンゴラを加え11か国が加盟して、各国の情勢安定化と経済発展を図ろうという動きです。具体的活動として、2012年から続く反政府勢力の活発化による中央アフリカの国内政情悪化に対して、2013年外相閣僚級会議を行い、反政府勢力との話し合いの場を設けるといったことも行われました。あるいは、1996年から続いていたCFAフランという通貨を加盟する6か国がCEMAC(中部アフリカ経済通貨共同体)を設立し、経済と通貨という両面での相互協力関係構築を目指す動きも出てきています。他地域に比べ発展が遅れていたからこそ、逆にその反動で大きな反発力を秘めた国々が多いというのが中部アフリカ諸国の特徴であると言えるのかもしれません。

中国の海路交通確保の先には

中国の海路交通確保のための港建設への多額援助はよく知られたところですが、具体的にはパキスタンのグワダル港建設があり、既に運営権を獲得済みと伝えられています。この港からはバングラデシュのチッタゴン港やミャンマーのダーウェイ港を結ぶインド洋の海上交通の要が存在し、さらに西進していけばアフリカが見えてきます。既にその途中のケニアのラミュ港、モザンビークのベイラ港、タンザニアのダルエスサラーム港の3港の開発にも中国は手を挙げていると伝えられており、これらの港を結んでいけばアフリカ資源のメイン輸送路確保が完成し、海洋貿易での優位性確保という目論見のなか、最近では、一帯一路(一帯の陸路と一路の海路を合わせた中国が2014年に提唱した広域経済圏構想)で欧州間の陸路とともに海路の充実は中国にとって重要政策となっていると言われています。ちなみに、資源の内訳は、北アフリカ諸国の石油に始まり、中部~南部にかけては、金、銀、ダイヤからアルミ、マンガン、クロム、コバルト、鉄鉱石から木材に至るまで資金力に任せた資源確保が急ピッチで進められています。2009年発行の著書「アフリカを食い荒らす中国」という題名そのままという状況が続いていると言っていいのかもしれません。ただこのようなアフリカ向け戦略は実は最近になって急にというわけではありません。既に1990年代から始まっていたと言われています。例えば、1995年当時の江沢民国家主席のアフリカ6か国訪問に端を発し、1999年にはアフリカ戦略の基本方針を掲げ、2000年には、アフリカ45か国を招聘してのFOCAC(中国アフリカ協力フォーラム)開催や、2005年開催のCABC(中国アフリカビジネス協議会)には中国企業1万6000社が参加したと伝えられており、その蜜月関係は世界でも周知の事実と言えるのではないでしょうか。

算数教育と観光

アフリカ大陸の最南端「南アフリカ共和国」には、世界有数の美しい港町として知られる「ケープタウン」や、大自然に生きる野生動物サファリを楽しむことのできる「クルーガー国立公園」などが有名なのではないでしょうか。観光資源の多いこの国では、将来この国を背負う子供たちの教育にも注目が集まっているようです。南アフリカと聞けば、サッカーのワールドカップの記憶も新しいのではないでしょうか。当時の映像をみると、インフラやスタジアムの整備された発達しているイメージという印象を受け、豊かな生活が営まれていくように感じられるでしょう。しかし、実際には失業率が深刻な問題として挙げられているという状況にあるようです。このため、政府は資源依存の経済から脱するため、産業を多角化していくことを課題とした人材育成に取り組んでいるようです。特に、これからの世界で重要視される工学系の人材不足解消のため、算数教育に力を入れた教育支援プログラムが行われているそうです。その実現にはまず指導者を育成するところからスタートしなければならず、これまでアパルトヘイトの厳しい制限を受けていた地域などでは、まず「数の概念」というところから勉強を始めなければならないと言えるでしょう。生徒とともに教員に対しての算数指導が、この国の未来を作るスタート地点と言えるかもしれません。もちろん、中には数学を理解している教員もいるようですが、教員によって授業内容に差ができてしまうところから改善していくことで、全体的な向上を図るためには地道に取り組みを進めるという姿勢が見られるのではないでしょうか。指導員を指導する側との文化的な違いなどもあり、そういった部分を埋めながら南アフリカは変化へと歩み始めていると言えるでしょう。

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